私の雑貨スタイル
コロナ・冬の時代に向かって 3
第二波到来でさすがコロナウィルスと不謹慎ながらも妙に感心してしまったのですが来春にはイギリスからのコロナワクチン接種が始まるとはいえ世の中がどうなってゆくのかあいかわらず不透明なんですよね。
あてにならない直感なのですがワクチンが効果を発揮したとしても、今までの私達の有方が、今までの自分や友が、もはや元には戻れないという思い。コロナ以前とコロナ後と分かれるほどに激変してゆくとみていれのですが。
ある人が、人は何度でも死んで又、何度でも再び生き返るもんなんだと言いました。その意味するところを私自身に置き換えてみますと若い頃、美大受験に失敗しひどい躁鬱から絶望のドン底にあったときは紛れもなく私は死んでいました、次に死んだのは四十代で借金地獄からそして五十代では家庭崩壊から死にました。そうしたことを思い考えますとコロナで今までの私はここで死んだのだと。
現実への対応に追われながらも世の中がどうなってゆくのか今は見極めの時なのでしょうが人間はいっだって復活するもんです。
私の雑貨スタイル
コロナ・冬の時代に向かって‥2
資本主義社会そのままに何事か大事が起こると資本の弱いところから閉じていくのは世のならい‥‥。
自粛要請で20万の協力金をもらったところで地代家賃や人件費等の経費それに税金がペイ出来るわけではないむしろコロナによる今の赤字経営がどこまで頑張り踏みとどまれば光が見えるのか、下手をすると借金地獄から首をくくらなければならないだけに多くの商い人が見極めの苦境に立たされているんですよね。政府も東京もそんなことは知ってか知らずか一切無視でひたすらオリンピックの開催のための感染拡大の阻止なんですよね。大変でしょうが何とか自力で乗り越えてということなんでしょうね。
私の雑貨スタイル
店頭売りが先細りするなかどう維持していくか思案のしどころですよね、
コロナの影響で皆さん生活費に結構お金使ってしまって蓄えが目減りの状況下にあるんじゃないでしょうか。その反動がこれから出てきそうでお金を極力使わなくなるとみているのですが。雑貨インテリアはゆとりと関係するところがあっておまけに三密回避のコロナがあるのでちょっときつくなるなと‥。
そうはいってもてをこまねいて無為な日々にあまんじられるほど余裕がない私にはここは実に考えどころでどうにかしなくちゃならないのですがなかなか妙案は出てこない。
偉い人が、花の咲かない日々は下へ下へと根をおろせ?と言いましたが感心するもどうおろすのか分からないんですよね。頭の良い人はピンとくるのでしょうが。
今年はインターネットの本格的な元年になりそうであらゆる試みがなされるのでしょうが
注意深く見ていく必要がありますよね。今、オークションをみていますと例えば絵画ほ買い手市場の感があって良い絵がかなり安く落札されていますので良い商品を集める絶好の好機かなと。店頭売りが先細りでも新た商品発掘と品揃えは必至であってそこまで先細りでは頑張るといっても意味がなさないと。
私の雑貨スタイル
コロナの時代、過去や今までがどうであれこの今が全てと集中する!
良き思い出があれこれと頭を過ってはため息。何がダメかにがダメと冷ややかな今を鬱々と嘆いても始まらない。人間にとって大事は常に今なんで過去に生きるものではないんですよね。向かうところは、この今をどう料理して自分が生き良くエンジョイできるかということ。最後良ければ全て良しが何とか幸せの合格点てあって最後悪ければ全て悪しにならないためにもここは踏ん張りどころじゃないでしょうか。